今日から魔法の365日ー362

親族の祝い事は、子どもには大切な意味を持っています。

親族が集まれば、子ども達は「大きくなったね、賢くなったね、

きれいになったね、強くなったね」と言ってくれるでしょう。

ードロシー・ロー・ノルト魔法の365日ー

 

雑記:   私は小さいときにいつも母の実家である新潟へ遊びに行っていました。

自分と同じ年頃のいとこが沢山いて、それはそれは楽しかった。

五右衛門風呂に外のトイレ、重い木のふすま、天井には太い柱が横に伸びている。

昔ながらの都会ではありえない生活だった。

子どもがたくさんいるということは本当に賑やかです。

親戚の家も周りに沢山あって、行くところがたくさんありました。
自分が大きくなって久しぶりに田舎へ行ってみると、なんだか寂しい。

誰もいない広い部屋が静まり返っている。

子どもが大きくなってくると、走り回る事も無く大きな声も聞こえず、

子どもを追いかけまわる大人の姿も無い。

夜になって皆がそろって初めて賑わう。
大人しかいなかった子どもにとってつまらない家があった。

そこへ久しぶりに顔を出してみた。

もう大人のように大きかったそこの家の子ども達が結婚し、みな子どもを

産み、そこの家が賑やかになっていた。

その時「栄枯盛衰」という言葉が浮かんだ。

ちょうど歴史で覚えたての言葉。
家は子どもがいる事で華やぎ、活気に溢れる。

子どもがいる家庭、それは人生の中で一番華やかな時代だと思う。

手が焼けるし、心配もあるけれど、笑が絶えず家族が一番密着している。

子どもが大きくなってくると、落ち着きはあるもののそれぞれが自立した

生活を送り始めるので個が集まっているだけの箱のようなもの。

でも、それは繰り返しなのだ。

子が生まれ、親は育てる。その子が大きくなり、結婚し子を産む。

親は年老い、そして子へと代替わりしていく。

それはどの家庭も間違いなく繰り返すことであり、歴史は延々とつながっていく。
核家族だったり、親戚付き合いの無い家庭だと、今の自分しか分からない。

10年先の自分が見えないし、20年先の親の姿を想像できない。

どの家にもそれぞれの営みがあり、良いときも悪いときもあり、でも本当は

強い絆によって結ばれていることもわからない。

子どもにとってそれを見ることが出来るのが親以外に一番近い身内、親戚なのだ。

自分のまだ経験していないことを、人生の道筋をずうっと見ることが出来るのだ

から。
生まれたときからの自分を知っている人によって、誉められたり、叱られたり、

そして小さな自分の成長をも認めてもらうこと、これはとっても大事なことなのだ。

親だけではない、いろんな人が自分を思ってくれているということを実感し、いろ

んな年齢の人、いろんな立場の人とのかかわり方を知る。

自分に対して思いをかけてもらうことで、自分も人への思いやりが持てる。

自分を知っている人たちの中で、安心して人との関わり方を勉強できるのですから。

どうぞ、そんな恵まれた勉強の機会を大事になさってください。

そして、人への思いのかけ方を見せてあげてください。

人の人生は親から子へそして孫へと延々と続いていくものですから。

その営みを途絶えさせることがありませんように。

横浜市認定保育室 矢向つぼみ保育園
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