行事の移り変わり

行事は季節を楽しむものが多くあります。

また、子どもたちの成長を行事を通して感じていただくものもあります。

いつも同じ時期に行う行事なので季節の代名詞のようになっているものも多いですね。

その行事の楽しみ方ですが、子供たちにとって、その行事がどんな意味を持つのか、

子どもたちに何を感じてほしいのか、何を味合わせたいのか。

遊びを楽しむ中で子供たちは日々成長していますので、行事の楽しみ方も年齢によって

変わってきます。

毎年毎年、発達成長具合のまだまだ凸凹の10人10色の子どもたちに対し、担任たちは

その都度真剣に考えます。

毎年同じの良さもあれば、時代の流れの中で変化してくる良さももある。

そこで、保育史の中で行事がどのように変化してきたか、お話してみたいと思います。

「夏祭り」

昔の地域の夏祭りは乳幼児、小学生くらいまでは夕方5時ころから浴衣に着替えて神社の

やぐらの前で踊りを楽しんでいました。小さな乳幼児であれば、6時、、7時前には終わり

にして家路に帰っていた。

ちょうどお迎えがその頃の保育園の保護者達から、なかなか地域のお祭りに連れて行って

あげられないという声が多くなり、それでは保育園でお祭りをやろうじゃないかと、やりだ

したのが始まりだと聞いております。それがあっという間に広がっていきました。

その頃のお祭りは夜行われていました。

夜だから子どもたちがおなかをすかせては可哀そうだと、保護者たちがいろいろな出店を

作りました。

お好み焼き、焼きそば、焼き鳥、おにぎり、トン汁、お父さんも総出でした。

夏祭り、夕涼み会の夜8時、最後はどこの園でもお父さんたちによる花火大会が行われて

いました。一番最後のナイアガラの滝は子どもたちのお楽しみでもありました。

とにかく親の出番はすごかったです。

子どもたちの拍手の大きさは想像できるでしょう。

きっと大変だったと思いますが、楽しみの一つでもあったと思います。

会ったことがないとか話したことがないということがなく、みな子供を育てる中で一緒に

頑張ろうね、という意識があったと思います。

そんな楽しい行事のさなかに大きな事故がありました。

花火の最中に子供がやけどをして、花火が消滅していきました。

お料理をしているお鍋の周りを走り回っていた子供がトン汁をかぶってしまい、ニュース

でも取り上げられました。

また食中毒やo157が発生するということもあり、自治体の多くが食事を出すことを禁止

しました。

パン屋さんに発注するところもありましたが、子供にとって夜の時間帯の行事はどうなの

だろうという見直しもあり、時間を切り上げて日中行うところが増えてきました。

日中は仕事で保護者の参加が厳しいということで他の行事に切り替えたり、土曜の日中に

変更されてきました。

今、土曜の日中や夕方行われているところが多いのは、そのような経緯があったからです。

「運動会」

10月15日は体育の日でした。

その前後の土日に多くの保育園が運動会をしていました。

それはたぶん今も同じかと思います。

0歳児から年長まで全園児、保護者が炎天下の中1日かけて行事を行っていました。

その良さはいろいろな年齢の子どもを見てもらうことで我が子がどんなに成長しているか

が見えてくること。あんなに小さかったんだなあ、あと1年すれば2年すればあんなふうに

なるんだなあと、全園児参加は子供の成長を見てもらう一つの目的でも言われていました。

テントの中に入れればいいですが、親席、子供の席、すべてのテントがあるわけではなく、

日焼け覚悟です。

園庭も今のような改良した土もなく、砂ぼこり舞う中での運動会は大変でした。

大勢の人の中で普段通りの姿を見せられない子も少なくありません。

4,5歳ともなると、頑張ってきたところを見てもらいたいという気持ちも芽生えますが、

もっと小さい子供たちは、圧倒されたり、いつもいないお父さんやお母さんが来てくれているの

だから離れたくなく、しがみついて大泣きという子もいました。

そんなことから、炎天下、砂ぼこり、非日常の中を0歳1歳の乳児が1日過ごすのは可哀そうな

のではないかという話が出てきたり、上にお兄ちゃんおねえちゃんがいるご家庭からは上の子を

しっかり見たいけれど、ぐずる下の子がいたのではゆっくり見れないという意見が出てきました。

次第に運動会は幼児のみ参加という形になってきました。

「卒園式・発表会」

卒園式も最初は0歳から年長まで参加していました。

理由は運動会と同じです。

その頃の卒園式は発表会と同じ日に行われていることが多かったと思います。

子どもの集中力を考えたとき、式に1時間以上かかり、発表会と合わせると半日は有にかかる。

子どもの集中力を考えると、15分から20分が良いところ。

年長の親子がその日を迎える気持ちを考えると、あきて騒がしくなってしまう乳児たちをどう

すればよいかという問題がありました。

卒園式に乳児を参加させるのはどうなのか、子供にとって意味が分からないことに、ずっと拘束

することはよいことではないという意見、それと運動会と同様非日常の中で子供が伸び伸び発表

することは難しいということで、乳児の参加がなくなってきて、それに代わる行事が出てきました。

 

これは主に公立(川崎市)の行事の推移ですが、ほかの自治体も同じようです。

このように、行事一つとっても時代の流れがあり、その中で変化してきました。

どれも子供に合わせた行事を作ってきたものです。

それは変わることの良さでもあります。

私立では、それぞれの園での伝統となっているものがあり、それは動かざるものの良さがあります。

保育園の歴史を知らない世代が増えてきました。

形、中身、あるものを受け入れるだけでなく、何のために、なぜ?と目の前の子どもたちのことを

考えながら日々を過ごしながらその日を迎えることが大事だと思っています。

そしてわざわざ作るのではなく、今のあるがままの姿を十分に認めあえるのが乳児にとっての行事

でなくてはならないと思っています。

幼児と乳児の大きな違いはそこにあります。

乳児は日々の遊びそのものにどれだけ関心を持ち、集中し楽しめているか、

幼児は楽しいものの中にも目標があり、葛藤もあり、当日よりも日々どうやって過ごしてきたかの

過程が大事であるということ、その日々の中に家庭の協力も大きく影響し、背中を押してくれたり、

そばでそっと見守ってくれたり、行事の持つ意味合いもこれだけ違うのです。

それは今も昔も変わらないことだと思うのです。

公立園が民間に代わり始めてから20年以上たちました。

ここ5年でかなりの認可保育園が出来ました。

そして行事を見回してみると、なんだか、私たちが昔一生懸命考えながらやり始めたころのような

みんな一緒がいいねというやり方が多いような気がします。

それがきっと保育の始まりなんだなあとぼんやり思います。

毎年検討を重ねながら変わってくることもあるかもしれないし、守るべきことを見出すかもしれない

し、それはこうでなくてはならないという縛りではなく、子供と向き合っている先生たちが子供の

ことを考えながらの結果になるのだと思います。

そして行事を通して、保護者の方々が子供への理解を深めることが出来るとともに、日々子供と

接している保育士と子供への思いを共有し、共に育てていくということが出来ることが最高なのだと

思います。

 

昨日の会議もこれからの行事についての話をしました。

まずは夏祭り、型にはまらず・・が私のメッセージ。

なかなか面白くなりそうな予感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜市認定保育室 矢向つぼみ保育園
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